関西にいる「シュッとした」人たちから「シュッとした」お話を聞きたくて始めた、MAGKANインタビューコーナー!
第七十四回は、
包丁に絵や文様を彫る、 包丁彫金師の窪田美知子さん にお話をうかがいました。包丁の街・大阪府堺市にある包丁や刃物の製造・販売会社「青木刃物製作所」で、包丁と向き合う姿勢に迫るインタビューです。
「日本のものづくりに携わりたい」と思って仕事を辞め、アメリカへ半年間、一人でバックパッカーの旅に出た
──「銘切り」と呼ばれる技術は、古くは日本刀の作者が銘を刻むことに始まりますが、包丁にブランド名が彫られているのを見ることはあっても、絵を彫られているものは初めて見ました。
窪田(以下、K): 堺にいろんな刃物屋さんがある中、この会社でしかできない付加価値を作りたくて絵を彫り始めました。「銘切り」の技術をつけるところから、ほとんど独学で…。
──「銘切り」の技術から!? では「青木刃物製作所」に入社された頃はブランド名の「銘切り」自体もやったことがなかったんですね。
K: はい。この会社で銘切りをする仕事をしたい、と言って入社したんですが、はじめは一般職での入社でした。実は昔からずっと「何かしらの、日本の伝統ある、ものづくりに携わりたい」とは思っていて。新卒で入社した介護ケア用品の会社を辞めた後、アメリカへ半年間、一人でバックパッカーの旅に出たんです。
──日本のものづくりをしたいと思いながら、バックパッカーへ…?
K: 「何かしらの日本の職人になりたい」と思い続けてきたものの、その「何か」をそれまでずっと決め切れていなくて。はじめの会社を辞めた後、職さがしをする前に自分自身のことを考えていたら、「ああでも、職人になるとなったら遊んだりしたらあかんな。休日も仕事するくらい、気合を入れな」「そしたらもう海外には行かれへんな」と思ったので、「人生最後の海外や!」と旅に出ました。
──海外へ旅に出るにしても、なぜバックパッカーだったんですか?
K: 他の人がやっていない経験をしたかったんです。まぁ、20代の冒険をしたかった、っていうのがありますね(笑) それが2017年の頃なんですけど、かなり計画を立てて、バスでアメリカ全州を回りました。アメリカの方からは「今はもうやったらダメだよ」ってよく言われます(笑)
──日本の伝統をお好きでいながら、海外にも興味を持っておられたんですね。
K: 旅行が好きなんですよね。旅行中は美術館にもよく行ったんですけど、どうしても日本の伝統工芸品の展示に「きゅん」ときてしまって…。その時に見た日本の竹細工のかごが一番印象に残っています。子どもの頃から書道とか、俳句とか、柔道とか、日本のものばかり好きだったんですけど、バックパッカーをしたことで「やっぱり日本のものづくりに携わりたい」って再確認しました。
──それで帰国後、伝統工芸品の職人になるべく、職さがしを始めたんですね。
K: まだ何の職人をしたいか、はっきり決まっていなかったので、畳、陶芸、和紙、和菓子、着物、といろんな会社を見させてもらっていました。そもそも採用の募集がないのでかなり苦戦したんですけど…。ある時、京都の錦市場で包丁に銘切りをされている男性を見た瞬間に「この仕事がしたい!」って直感で思ったんです。
──直感!
K: 「たぶん、私、めっちゃ向いてる!」って。
「出る杭は打たれる」じゃないですけど、隠れてやったほうが良いかと思って
K: それからは日本全国の包丁屋さんに連絡をしたんですが、採用の募集がどこもなくて。伝統を重んじるところも多いので「職人仕事は男の仕事だから」と、なかなか。でも、この「青木刃物製作所」は社長が受け入れてくださったので、今こうして働いています。社長が「今は銘切りをする人が会社にいないけど、それができる環境を作れるよう頑張るね」って言ってくださったんですよ。だから「ここにしよう!」って。
──それで包丁彫金師としての人生が始まったんですね。
K: この会社、以前は銘切りが外注だったんです。他の会社だと社内で彫る人がいるところもあるんですけど。でも、その外注している方がご高齢だったので、そろそろ引退を考えておられて。だから社内ではもう「レーザー印字にしよう」ってなりかけているところに、私が彫り始めることになりました。
──でも、独学で始められたんですよね。
K: そうですね。最初は職人仕事ではなく、事務作業とかをやっていたんですけど、二年間くらい誰にも言わずに勝手に銘切りの練習をしていたんです。「出る杭は打たれる」じゃないですけど、隠れてやったほうが良いかと思って。それで結果だけ見せて「おおっ」と思ってもらおうというか(笑)
──それでここまでのことができるようになるのも、素晴らしいですね…。もともと集中したら極めていく性格でしたか?
K: 手先が特別器用だとは思わないんですけど、何かを作るのについ熱中してしまいますね。手を動かして何かを作るのがすごく好きで。小さい頃だったら、折り紙で難しいものをひたすら作り続けたり。あとは、「一本の道を究めること」が自分の中で「一番美しい」という気持ちがあって、「やるなら一生懸命やらなあかん」と思っています。
──一本の道を究める、と言いますと…?
K: 幼稚園の頃から十年間続けた書道だったら、教室を開ける師範免許をとって、中学から高校の六年間はずっと柔道を続けて、大学で「やりたいことが見つからない!」と思いながら、何か知らんけど必死に英語を勉強したりしていました(笑)
──何か知らんけど!(笑)
K: (笑) 「とにかく何かを一生懸命せなあかん」と思って。今は仕事で海外によく行かせてもらっているので、その英語が役に立っています。当時も、将来的に英語を使う機会があるとは思っていなかったんですけど、海外の人に日本の伝統を広めたいという気持ちもあって、英語も好きだから勉強していました。振り返ってみると、何か一生懸命にやっていれば、どこかのタイミングで点と点が線で繋がるんだなあ、と思います。
──日本の伝統が好きで、何かに集中して手を動かすことが好きで、それが「日本のものづくりに携わりたい」に繋がっていったんですね。
カッコよくて、かつ需要のあるものを作っていきたい
──現在、包丁への彫金は一日何本くらいしておられるんですか?
K: ブランド名だけなら、多い時は一日200本くらいです。絵の場合は一本を大体一時間くらいで仕上げています。
──す、すごい…! 絵は一気に仕上げているんですか? それとも休憩を挟みながら?
K: 一気にやってしまいますね。というのも、すごい大量にあるんですよ。やることが!
──大人気ですね!
K: ありがたい限りです。でもその中で、彫りやすい鋼材の包丁がくると「やった!」とは思ってしまいます(笑)
──どれくらいの割合で彫りやすいものと彫りにくいものが来るんでしょうか?
K: 彫りやすいものが「白二鋼」や「青二鋼」と呼ばれるような鋼の包丁で、彫りにくいのがステンレスなんですが、今は錆びにくいステンレスが人気なので、3対7で彫りにくいほうですね。
──おお…。でも彫りやすいほうが細かな表現をしっかりできそうですね。
K: そうなんですよね…。彫る時に使う道具の鏨(たがね)もけっこう痛んでしまいますし。でも、「どうしても彫ってほしい」とお客様から希望があったので、研究して鏨の研ぎ方から変えたりしてみたら「案外できるな…」となりまして(笑)
──素晴らしいですね。
K: お客様がいつも成長させてくれますね。いろんなお客様から毎日のように「これを彫ってほしい」「あれを彫ってほしい」と注文をいただけるので、本当に嬉しいです。
──特に彫るのが難しい絵や文字はありますか?
K: 少し前はひらがなが一番難しいと思っていたんですが、何とか克服しまして…。
──さすがですね。
K: アルファベットを彫る機会が少ないので、アルファベットでしょうか。絵なら、円を描くようなカーブとかに神経を使いますね。焦らず、丁寧に時間をかけて…。でもこれも、難なくできるように克服していきたいです。趣味ではなく仕事だから、好きなだけ時間をかけて彫るわけにもいかないので。社長がこの仕事をやらせてくれているのは、私がそこを理解してやっているからというのもあると思います。
──もし趣味として好きなだけ時間をかけて大作を作っていいとしたら、何を彫りたいですか?
K: どうでしょう…。本当に正直に言うと……「趣味でしよう」とは思わないですね!(笑)
──それほどまでに日々彫っていますもんね!
K: 昨年、彫金師の浅村隆夫さんに出会ったんですけど、その方が「晴れの日は耕して、雨の日は刻む。晴耕雨読のような生活がしたかった」っておっしゃっていたんです。
──晴耕雨読のような生活…。
K: 私も同じなんです。別にお金持ちになりたいわけじゃなくて、平和にのんびりというか…。晴れの日は農作業をして、最低限の収入を得られるくらいの仕事をいただける、っていう生活が理想なんです。夢物語なんですけど(笑)
──彫金は趣味ではない、ということですね。その彫金師の浅村さんとは今も交流があるのでしょうか?
K: 二カ月に一回、千葉の山奥にあるお家で学ばせていただいています。八十歳の方で、銅製品への彫金の需要が特に高かった頃から彫金師として活躍されているので、技術が素晴らしい方で…。憧れの方です!
──今後の目標は何ですか?
K: お客様に飽きられないように、カッコよくて、かつ需要のあるものを作っていきたいです。社長が「伝統工芸じゃなくて、伝統産業をしないといけない」とよく言うんですけど、そこを見極めて。
──商売をする以上は避けられないところですよね。
K: 今年の四月からは、彫ったところに金メッキを入れるシリーズを出したんです。今はそれでたくさん注文をいただいているんですけど、マンネリ化は絶対すると思うので、銀メッキや黒ニッケルを入れたりするのはどうかなあと考えています。あとは、わざと錆びさせた真っ茶色の包丁を彫りたいです。
──錆びを彫る!
K: 料理に使う包丁としては錆びはだめなんですけど…。錆びを彫ると銀が出てくるので、綺麗なんじゃないかな、と。それがいつできるのかは本当にわかりませんが、マンネリ化させることなく、仕事を続けていきたいです。
Q.「シュッとしてるもの」って何だと思いますか?
K: 我が道を行っている人、みたいなイメージがありますね。人に左右されず、自分の信念を持っている人。
Q.自分の名前で缶詰を出すとしたら、中に何を詰めますか?
K: 挑戦心、ですかね。私自身、 バックパッカーにせよ、書道や柔道にせよ、やりたいと思ったことは必ずやってきたので…。いつもそういう時は、誰にも言わないで黙々と計画を立ててからやっているんですよ。「不言実行」と言いますか。メンタルが弱いので、やる前から周りに何か言われないようにして、始めるようにしています(笑)
窪田美知子
【 Instagram 】
大阪府出身。八年前、大阪府堺市にある「青木刃物製作所」に入社。独学で彫金を始め、製品への銘切りを任されるようになる。富士山や桜といった日本の風景だけでなく、浮世絵やタージマハル等、多様な作品を彫る。
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