• お知らせ 2022.11.1

妖怪文化研究家 木下昌美の「妖怪めし」【解説】第六回「人魚」

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漫画『妖怪めし』と連動して、妖怪文化研究家 木下昌美さんの妖怪コラムをお届けします。

第六回は、「人魚」。

さて、一体どんな妖怪なのか…?

 人魚と聞いて、みなさんはどういったイメージを抱きますか? 恐らく多くの人の頭にハンス・クリスチャン・アンデルセンの『人魚姫』と、同作をもとにしたディズニーの『リトル・マーメイド』が浮かぶのではないかと思います。ビジュアルもそれらに倣い、どちらかと言えば女性で美しく儚げなお姫さま、といったところでしょうか。

 日本国内にも様ざまな人魚譚が存在します。古くは『日本書紀』推古天皇二十七年(619)夏四月の項(※1)に、蒲生河(現在の滋賀県佐久良川あたり)で人のような形をした不思議なものがあった、と出てきます。

 続く同年秋七月には、摂津国(現在の大阪府・兵庫県あたり)にて、漁父が堀江に沈めた罟(あみ)に入った其のものの形は幼児のようで魚でもなく人でもなく、なんというものかわからないとあります。人魚と明記されている訳ではありませんが、奈良時代の段階でそれらしき何かが誕生していたことが見て取れます。

 平安時代末期の漢和辞書『倭名類聚抄』二十巻本の巻十九・鱗介部第三十・龍魚類第二百三十六(※2)では、龍などに交じり人魚の項が設けられています。それによると中国の『兼名苑(けんめいえん)』で人魚は一名を陵魚(りょうぎょ)といい身体は魚で顔は人、また『山海経』の注で声は小児の鳴き声のようだとしている旨が記されています。

 ただし『山海経』(※3)では陵魚と人魚は別である上に、人魚は河に住むとしているので『倭妙類聚抄』の人魚は日本仕様に変化したもののようです。このようにして海外の情報を取り入れながら、日本独自の人魚像が次第に出来上がっていったのでしょう。

 中世に入ると「八百比丘尼」伝説が登場します。現代でも北から南までの各地にその話が残り、創作物にもたびたび用いられる人気の高いお話です。

 人気の証か、筆者が日本の人魚を話題にあげるとかなり高い確率で「肉かなんかを食べて不老不死になるアレでしょう」と返されます。実際に人魚の肉を食べた云々の話が登場するのは八百比丘尼の初出からしばらくして、林羅山の『本朝神社考』都良香の条(※4)に見えるものであるようです。そこには人魚の肉を食したことで400歳あまり生きたとあり、各地に伝わる八百比丘尼伝説と近しいものであることから、江戸時代頃から先の答えを返してくれた人たちが想像する人魚像が確立していったことが窺えます。

 そのほか、色いろなシーンにおいて姿を現す人魚ですが『妖怪めし』に登場する人魚の特徴は、主に以下の3つ。ひとつ「瓦版に描かれている」こと、ふたつ「予言をする」こと、そして「その瓦版を持っているとご利益がある」ことです。

 まず瓦版とは何ぞやという話ですが、江戸時代に起きた社会的な事件などをもとに文字や挿絵を使ってわかり易くかみ砕き、一枚刷りの速報記事としたもの。街頭で売り歩くことで、人びとの手に渡りました。ちなみに瓦版という名称は幕末に使われ始め、それ以前は読売や絵草子、一枚摺などと呼ばれていたそうですが今回は漫画に合わせて瓦版と呼ぶことにします。

 人魚とそれに類するものの瓦版は漫画の中だけでなく、実在します。例えば早稲田大学演劇博物館が所蔵する『人魚図』(※5)や、コロナ禍で注目を浴びた神社姫です。

 『人魚図』には以下のように書かれています。曰く、越中国(現在の富山県)に出たもので全長三丈五尺(約10.6m)、頭が長髪の女で金色の角が二本生えている。頭以下は魚体で脇腹の鱗の間に目が三つついており、尾は鯉に似ている。この魚を一度見た人は寿命が長くなり、悪事災難を逃れ福徳を得ることが出来るとのこと。人魚は往々にして、先の八百比丘尼伝説にあるような長寿のイメージが付随します。『人魚図』の文言も、おそらくそのあたりから来ているのでしょう。

 また神社姫の瓦版については、加藤曳尾庵(えびあん)の『我衣(わがころも)』(※6)に詳細があります。それによると、龍宮からの使者である神社姫が肥前国(現在の佐賀県・長崎県あたり)の浜辺に現れ、これから7年間は豊作だがまたコロリという病が流行するので私の姿を画に写して見せるべし、その病を免れて長寿となるだろう云々。その神社姫は全長二丈(約6m)あまり、腹が紅のように赤かった、と絵姿と共に記してあります。

 事実、江戸にはコロリと呼ばれる病が流行し、人びとに恐怖を与えました。瓦版の人魚や神社姫といったものたちには、災厄を免れたいという人の気持ちも反映されていたのでしょう。そしてそんな民衆の思いと、瓦版を売りたい販売元との需要と供給が合致したのか、瓦版に御守りのような機能が付与されたようです。

 いずれも笹方政紀「護符信仰と人魚の効能」(※7)で詳しく、それらの相互関係について論じられています。『妖怪めし』の人魚回を読んだ後で目を通すと「ほほう」となる点が多数ありますので、興味関心を抱いた方はお手に取ってみてください。

 さて。非常に簡単ではありますが、長くなってきたので今回はこのあたりで終わりとします。ひと口に人魚といっても登場する理由や人びととの関わり方などは多種多様であり、パッと頭に思い浮かぶ人魚とは隔たりがあったかもしれません。『妖怪めし』で描かれる人魚は、登場人物たちにどのような影響を与えるのでしょう。どうぞ続きをお楽しみに!


【注】
※1 『新編日本古典文学全集3 日本書紀②』1996/小学館
※2 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2544225?tocOpened=1
※3 前野直彬 『全釈漢文大系第三十三 山海経・列仙伝』1975/集英社
※4 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1040132
※5 早稲田大学演劇博物館公式サイト https://www.waseda.jp/enpaku/collection/3170/
※6『日本庶民生活史料集成 第15巻』1971/三一書房
※7 東アジア恠異学会編『怪異学の地平』所収、笹方政紀「護符信仰と人魚の効能」2018/臨川書店

【参考文献】
・田辺悟『ものと人間の文化史143 人魚』2008/法政大学出版局
・九頭見和夫『日本の「人魚」像 『日本書紀』からヨーロッパの「人魚」像の受容まで』2020/和泉書院
・同人誌『怪魅型 第参号』所収 ヘムレンスキーKen「『人魚』の姿についての一考察」2021/西日本化物・妖怪同好会
・仮名垣 魯文(原著)篠原 進、門脇 大、今井 秀和、佐々木 聡、周防 一平、広坂 朋信『安政コロリ流行記幕末江戸の感染症と流言』2021/白澤社

文:木下昌美

木下昌美

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妖怪文化研究家。奈良女子大学大学院卒業後、奈良日日新聞社に記者として入社。その後、フリーの身となる。妖怪に関する執筆だけでなく、講演や妖怪ツアー等も行っている。

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