漫画『妖怪めし』と連動して、妖怪文化研究家 木下昌美さんの妖怪コラムをお届けします!
第四回は、「河童」。
さて、一体どんな妖怪なのか…?
河童ほど人間界に馴染んでいるものも、めずらしいように思います。普段生活している街の至る所で気配を感じるのは、私だけではないはずです。いつ頃から、彼らはこんなにも人の身近な存在となったのでしょうか。
現段階で最も古い河童についての記述は、文安元年(1444年)の辞書『下学集』(※1)に見えます。獺(かわうそ)について説明する箇所に「老いて河童と成る者」とあり、河童は年をとった獺であるとのこと。河童には「カワラウ」と読みが振られていますが、これは読み間違いなどではなく、それなりの理由があります。
今でこそ多くの人が河童と書いてカッパと読むはずですが、カッパはかつて東日本における方言のようなものでした。18世紀まではカワロウ、カワタロウなどと呼ばれており、例えば慶長8年(1603年)の『日葡辞書』(※2)にも「カワラウ」は川に住む猿に似た一種の獣とあります。呼称だけでなくビジュアルイメージも現在とは異なり、リアルな生きものに近しかったことが読み取れます。
また安永4年(1775年)刊行の方言辞典『物類称呼』(※3)を開くと「川童 ガハタラウ」の項で地域によって呼び名がさまざまであることを示しつつ、そのひとつとして東国の「カッパ」を挙げています。この段階ではまだカッパ呼びが一般的なものでなかったことがわかります。
しかし時代を経るに従って呼び方、ビジュアル共に変化が見えてきます。その過程を感じられる一枚が、鳥山石燕による安永5年(1776年)刊行の『画図百鬼夜行』(※4)に登場する河童です。「河童」というタイトルでありながら「川太郎ともいう」と説明が入っており、見た目は頭部に毛がなく背には甲羅、水かきを有します。
さらに時代が下り、19世紀に入ると江戸の河童を描いた絵が多数登場、拡散したこともあり本格的に呼び名はカッパへ、そして猿のようでありながら亀のような姿のものが目立つようになっていくのです。
こうして河童の表層が作られると同時に、河童ならではの特徴も掘り下げられていきます。そのひとつが『妖怪めし』にも登場する、薬との関わりです。
実際に河童と薬とが登場する話は各地で聞かれ、比較的古い例としては宝暦4年(1754年)の『西播怪談実記録(※5)』が有名でしょうか。同書では腕を斬られた河童(河虎)が川辺の馬を引きずり込もうとしたところ失敗し、武士に腕を切り落とされる話が掲載されています。今後危害を加えないことと骨接の秘薬の作り方を伝授することを約束する代わりに、河童は腕を取り戻すのです。
こういった話は以降頻繁に聞かれるようになり、話中の薬が実際に販売使用される例も出てきます。薬の種類としては塗り薬が多いように見受けられますが、中には煎じて飲む薬もあったようです。
私が暮らしている奈良県の五條市(旧・大塔村)でも、2011年前後まで「辻堂錦草」の名で河童ゆかりの薬が販売されていました。当時販売していたという方から薬の袋のコピーをいただきましたが、確かに河童印がついています。
薬を実際に飲んでいた方に話を聞いたところ、葉っぱのようなものと丁子や桂皮などが入っており、それを煮出してお茶のようにして飲んでいたのだそうです。この「辻堂錦草」はその昔「蒲生錦草」の名で販売されていました。正式名称を「蒲生錦草祐玄湯」といい、祐玄は河童の手を切り落とした人の名です。
彼は五條市(旧・大塔村)の辻堂という場所に今もある寺の出と伝わっており、その寺では薬の販売も行っていました。薬事法の関係などで「蒲生錦草」は販売権をほかに譲り、じきに「辻堂錦草」の名で売られるようになったという経緯があります。
実在した薬と、お話の中の河童とがリンクするところがとても興味深いです。冒頭に書いた通り、人びとの暮らしの一部として河童が染みついている良い例ではないでしょうか。この河童の妙薬譚だけでなく、皆さんも暮らしの中に潜む河童を探してみてください。
【注】
※1 山田忠雄監修解説 『下学集 元和三年板』1968/新生社
※2 土井忠生、森田武、長南実編訳『日葡辞書 邦訳』1980/岩波書店
※3 『物類称呼』
https://dglb01.ninjal.ac.jp/ninjaldl/show.php?title=buturuisyoko&issue=002
※4 鳥山石燕画、稲田篤信、田中直日編『画図百鬼夜行』1992/国書刊行会
※5 高田衛監修、堤邦彦・杉本好伸 編『江戸怪異綺想文芸大系 第5巻』2003/国書刊行会
【参考文献】
・大塔村史編集委員会『奈良県大塔村史』1979/大塔村役場
・飯倉義之編『ニッポンの河童の正体』2010/新人物往来社
・国立歴史民俗博物館、常光徹 編『河童とはなにか』2014/岩田書院
・中村禎里『河童の日本史』2019/筑摩書房
さて、ここで『妖怪めし』に関する嬉しい話題を。なんとこの度『妖怪めし』と奈良の老舗旅館・四季亭さんがコラボすることとなりました!
今回はコラボ記念の特別動画として、四季亭さんにて撮影したコラボメニュー試食会の様子をお届けします! 奈良の食材をたっぷり使い、奈良に縁深いバケモノたちの腹をも満たした料理を、創業百余年の趣深い旅館でいただけますので皆さま是非この機会に!
妖怪めし×四季亭コラボ「特別試食会」動画
【お品書き】
★だるさんの茶屋御膳(鮎みそ焼きおにぎり)
★豆腐小僧も知らない燻製麻婆豆腐
★お紺のこんにゃく寿司
※上記にはのっぺい汁、和え物等がつきます。
★忌火特製 とろろご飯
◎『妖怪めし』サイン本を持参された方には300円割引実施!
【開催期間】
2022年5月28日(土)~6月18日(土)
※6月7日・8日・9日 定休日
【開催場所】
四季亭 (〒630-8301 奈良市高畑町1163番地)
最寄り駅:近鉄奈良駅
【提供時間】
11:30~14:00 CL.15:00
【お問い合わせ】
四季亭:0742-22-5531
文:木下昌美
木下昌美
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妖怪文化研究家。奈良女子大学大学院卒業後、奈良日日新聞社に記者として入社。その後、フリーの身となる。妖怪に関する執筆だけでなく、講演や妖怪ツアー等も行っている。