

関西にいる「シュッとした」人たちから「シュッとした」お話を聞きたくて始めた、MAGKANインタビューコーナー!
第十三回は、
小説投稿サイト「小説家になろう」を運営する 株式会社ヒナプロジェクトの取締役、平井幸さん にお話をうかがいました!「異世界転生モノ」と呼ばれるジャンルの人気や、投稿サイトだからこそ生まれる物語の流行のサイクルについて語っていただいたインタビューです。
「 小説家になろう 」とは?
プロ・アマチュアを問わず無料で利用できる日本最大級の投稿型小説サイト。通称「なろう」。掲載されている作品は約67万、登録ユーザー数は約160万人であり、多くの作品が書籍化されている。 サイトURL
二次創作で描かれる作品の内容に似ているんだろうな
──ライトノベルをはじめとする、現代で生活していた主人公が異世界に転生する・転移させられる「異世界転生・転移モノ」の物語は「なろう系」とよく呼ばれていますよね。実際、「小説家になろう」のサイト上でその「なろう系」に当てはまる作品が特に多く投稿されていると思うのですが、その呼称についてどう感じておられましたか?
平井(以下、H): 自然発生的に出てきた呼称だったので、おもしろがっているところはありますね。はじめはちょっとびっくりしてしまいましたけど(笑) 言いだしたのは誰なんだろうって。
──今はもうコミカライズのジャンルとしても根強い人気があって、「なろう系」と呼ばれる「異世界転生・転移モノ」はかなり大きなブームになっていますよね。ここまで大きなジャンルになった理由は何だと思われますか?
H: 二次創作で描かれる作品の内容に似ているんだろうなと思うんですよね。「異世界転生・転移モノ」の主人公の動き方と、原作の中であまり納得できなかった、もっとこうだったら良かったのに、と読者が思って作り上げた主人公の動き方が。「小説家になろう」もはじめの頃は二次創作を受け入れていたんですが、昔からそういった要素は一定の人気があったんだと思います。
──主人公にとって最も良い環境が整えられている、夢小説(二次創作小説のうち、架空のキャラクターを主人公にして、その名前を読者が自由に変更できるもの)のような部分も感じられますよね。
H: あと、今はストレスなく読めるものが好まれるとも聞くので、それも一因かな、と。
──ストレスなく読める?
H: 例えば、特に何かトラブルにぶつかっても、解決するまでに何か失敗したり、さらなるトラブルが起きたりしない、とか。
──苦しみながらもトラブルを乗り越えて、主人公が成長して…という流れを求める人が今は減っているのかもしれませんね。
H: 人気要素をすぐお話に組み込みやすい、読者が求めることへの対応が早い、というのがこのブームを作った大きな要因だと思います。

この作品のこういう要素が流行る、という情報共有が速い
──インターネット上の小説投稿サイトだからこそ、ということでしょうか?
H: そうですね。web小説なので、出された作品に対するリアクションというか、フィードバックがものすごく速いんです。ある作品の内容が賛否両論分かれるようなもので、たくさんの感想が寄せられた場合でも、作者は「これがこういうリアクションなら、じゃあ次はこうしよう」とすぐ自分の作品に組み込んでいける。しかも、この速さは読者と作者間のことだけではなく、作者同士のフィードバックにも言えて。
──作者同士もですか。
H: この作品のこういう要素が流行る、という情報共有が速いんですよ。なので、これがウケそうだ、おもしろいっていう要素が出てくると、その要素を入れた作品が一気に出てきて、ブームが生まれやすい。この一連のサイクルが速いために、一ヶ月の間に作品同士の攻防がひと段落して、新たなブームが生まれていることもよくあります。
──それが、「異世界転生・転移モノ」ブームのはじまりにも起きていた、と。
H:その上で、作者間での情報共有やランキングを見る等して、人気要素を積極的にくみ取っていた方が、人気の作者になっているのではないだろうかと思います。今では、「異世界転生・転移モノ」は常に一定数の投稿がある状態で、ブームのサイクルからは抜け出して完全に鉄板ジャンルと化していますし。
──そこまで成長する力が「異世界転生・転移モノ」にあったんですね。
H: とにかく書きやすいんですよね。何かネタがひとつあれば書ける、というのはやっぱり強い。現代で生活する主人公をまず設定して、その人を異世界に飛ばして、閃いたネタを組み込んでその世界で活躍させれば、それらしいものが書けるっていう。
──話の流れに型がある状態ですね。
H: 「小説家になろう」では、初めて小説を書こうとする方が一定数いらっしゃるんですが、そういった方々にとっても、何のお手本もないところから書くんじゃなくて、馴染みのある流れを参考にして書き始められるのは大きいと思います。これなら自分でも書けるかもっていう感覚はやっぱり大事だと思うんですよ。そうでないとそもそも「書いてみよう」とすら思わないかもしれません。
──同じ異世界でも、オリジナルのファンタジーとはハードルの高さが異なるのでしょうか?
H: オリジナルのファンタジーだと、世界設定を凝らないといけなくなる。それは、初心者の方にはかなりハードルが高いと思うんです。でも、異世界転生・転移であれば、現代の知識をベースに作っていける。異世界のことを何も知らない主人公にしておけば、主人公が知っている部分だけを描写することでお話の筋ができていく。辻褄が合わないところがあっても異世界だからっていう理由で調整できる、ともおっしゃっている作者の方がいて、そういうところで書きやすさが大きく異なると思います。
──人気の出る要素がもともとあって、読者の好む要素も即座に反映されて、さらに同じジャンルの作品が次々生まれてくるなんて、それは鉄板のジャンルにもなりますね。
H: 何か一握りの良い作品が生まれるためには、その下に恐らく数多の失敗作と、いまいち花開かなかった作品たちがたくさんくっついているんだと思います。それを思えば、まずは書き始めて、その後読んでもらって、そこからまた書き続ける、ということへの出発点としては良いものなのかなあ、と。

作者側でも調整していけるこの対応力の速さは、webだからできること
H: あとは、文章の変化が速いこともブームを広げる一端を担っていたと思います。
──文章の変化…?
H: 紙書籍だと、段組みの問題等で読みやすさを求めることに限界があると思うんです。でも、web小説ならその制約がない分、時代やユーザーが求める読みやすさにすぐ対応できる。スマートフォンが登場してからの「小説家になろう」の過渡期は特に、読者の方から「これは読みにくい」という意見がよく作者の方に伝えられていて。文字が多すぎる、長すぎる、とか。そういった長年の積み重ねが作者の方々の間であって、web上で最も読みやすい形に調整されていって。弊社側でももちろんサイトの部分で調整を加えていきますが、作者側でも調整していけるこの対応力の速さは、webだからできることだと感じています。
──その読みやすい形というのは?
H: よく言われているのは、行間を空ける、段落ごとの空行は一行じゃなくて二行ぐらいにする、というスマートフォンに合わせた文字の調整ですね。最近の方は、よほどの読書家でない限り、書籍を読むよりスマートフォンを見ている時間の方が長いと思うので、スマートフォンに合わせているんです。画面全部が文字で埋まっていると、目がとにかく滑るんですよ。だから、スペースを空けることで読みやすくする。あと、読者の方は通勤通学や休み時間に作品を読むことが多いみたいで、そのために大体5~15分くらいで読み切れるくらいが一話の目安、とも言われています。
──言われてみれば、どの作品もそういった形になっていますね。
H: 特に人気のある作品はこのセオリーがかっちり守られていると思います。「小説家になろう」ができたばかりの頃は、紙書籍を読み慣れた方々が紙書籍の書き方で文章を書いているところがあったので、一文がずっと並んでいる作品が多くて、今読むとスマホ上では読みにくいだろうなと感じてしまうんですけど…。もしかすると、今はその紙書籍のセオリーを知らないで作品を書いている方もいるかもしれません。「小説家になろう」でわざと使われているセオリーだとは知らずに、ただ馴染んだ書き方だから書いている、ということが。

もう「異世界転生モノ」ではなく、「現地主人公モノ」
──今は何がブームになっていますか?
H: ここ最近は、もう「異世界転生モノ」ではなく、「現地主人公モノ」がブームになっていますね。あとは現代恋愛で、学園ラブコメ系。
──「現地主人公モノ」とは…?
H: 「異世界転生モノ」は異世界に飛んで、その世界で主人公が活躍する話ですが、「現地主人公モノ」はファンタジーの世界があって、その世界で生まれ育った主人公が活躍するんです。
──それは、ただの「ファンタジー」ではないんですか?
H: 作者の方によって工夫されているんですが、そのファンタジー世界のどこかで現代世界の知識を入手できたりするんですよ。
──どうやって繋いでいくのかめちゃくちゃ気になりますね。
H: もうひとつの、学園ラブコメ系が流行っているのは、書籍として出ているライトノベルでそういうジャンルが増えてきているので、それに引っ張られているのかなと思います。
──でも、ブームのサイクルが速いので、このインタビューが掲載される頃には…
H: 全然違うものになっている可能性がありますね。

東京に行く意味はあるのかもしれないけれど、そこに拠点を置く意味は感じられなくて。
──現在、大阪府枚方市に会社を置かれていますが、はじめから関西にいらっしゃったんですか?
H: 丹波橋で始まって、法人化のタイミングで中書島、現在の枚方、という順で場所を変えてきました。「小説家になろう」は2004年、代表取締役の梅崎祐輔が学生の頃に個人サイトとして立ち上げたものだったんです。2009年頃にリニューアル・法人化したんですが、その少し前くらいに私が入って。当時は梅崎も私も学生から社会人になってすぐの頃だったので、あまりお金が無く、交通費もばかにならなかったんですよね。それで、私が京都の伏見、梅崎が枚方に住んでいることから、間をとって中書島に事務所をかまえたんです。
──今もずっと関西にいらっしゃるのは何故でしょうか?
H: 取引先は出版社も含めてほとんど東京の会社さんなので、一時は東京に移ることも考えたんですけど、いろいろと計算した結果、あまり意味が無いと考えたんです。大阪や京都にいると東京まで新幹線で一本なので、頑張れば日帰りもできる。それに新幹線の駅に出るのも苦労するような立地ではないので、日帰りや一泊で対応可能だということに気付いて。他社の方とのやりとりって、基本メールなんですよね。メールと電話で事足りる。そうなると、東京に行く意味はあるのかもしれないけれど、そこに拠点を置く意味は感じられなくて。現状、それであれば地代が安く済むところにいたほうがいいだろう、とまだ枚方にいる形です。
──やりとりはメールや電話で済む、とのことでしたが、具体的にはどのような仕事内容になるんでしょうか?
H: 大きくふたつに分けられていて、ひとつがサイトの新機能や保守的な開発。もうひとつはお問い合わせの対応や企画を動かしたり、広告の運用をしたりする運営です。今、社員総数が25人くらいなんですが、半分が開発関連にあたっています。
──関西にいて良かったと感じる部分はありますか?
H: 関西にいて良かったというよりは、東京に拠点を置かなくて良かった、ですね。法人化してから様々な会社の営業の方々からお声掛けいただくようになりまして。これは東京にいたら、きっとその対応で手いっぱいになってしまっただろうな、と…。ありがたい話ではあるんですけど、今以上に増えていたら、本業に手をつけられないような状況になってしまうので。関西にいるからこそ運営に集中できる、というのは確実にあると思います。
──では、関西の会社さんと一緒にお仕事されていて、東京との違いは感じますか?
H: 関西では、電車広告とかの広告方面を中心に行っているんですが、関西だとひとつの会社さんが持っている地盤が大きいなと感じています。ひとつの会社さんとお話しするだけで、多くの会社さんの情報が入りやすい。横の繋がりというか、地域内の繋がりが強いのかな、という印象があります。以前も、鉄道会社の方と話していたら、テレビ局の方と繋げていただいたこともあったので。

サイトを見てもらえないと、使ってもらえないと意味が無い
──個人的に「小説家になろう」はUIが非常に優れているからこそ、利用者が多いのだと思っているんですが、何かこだわりはありますか?
H: 基本的には必要だと思ったものを順次足しているところでして、調整を重ね続けてきた結果、できあがったUIに対して評価をいただいているのかなと思います。ただ、その機能の実装に関しては、基本、ユーザーさんの声を聞いて判断していくんですが、完全に聞きすぎないというところは意識しています。
──完全に聞きすぎない?
H: 例えば、感想を書きやすいようにしてください、というご要望をいただいても、それはあくまで参考に留めます。というのも、そういうご要望は「書きやすいようにしてください」というだけで、「だから、ここをこうしてください」というのは大抵ついてこないんです。でも、「書きやすい」の定義は人によって全然違うので。あくまで参考にして、それらを総合して噛み砕いたものを実装する、という形を作っています。聞きすぎない、ひとつの意見だけで実装を決めない、というのは意識しようとしているところです。
──一番反応が良かったのはどんな機能ですか?
H: 最近だと誤字脱字報告かなと思います。ただ、あれは別サイトにあった機能で…。やっぱり、他のサイトさんで便利な機能は「小説家になろう」でもつけて欲しいというお声が上がるんです。でも、こちらとしてもそっくりそのまま導入することはできなくて。そこを、なんとか皆さんにご納得いただける方向へ調整できるよう、頑張ろうとしているところではあります。あと、オリジナルの機能で喜ばれたのは「章管理機能」かな。
──「章管理機能」。
H: 連載している小説を、話ごとに第何章、第何章、と分けていける機能です。実装したのはかなり前のことですが、当時けっこう喜ばれた印象があります。確かその時どこにも無かった機能で。やっぱり、作者の方々も”小説を章に分ける”ってやりたいと思うんですよね。ここからここまでは何編でって。タイトルもつけたくなると思います。この機能は、実際に要望が上がっていたわけではないんですよ。ただ、社内で「こういう機能があったら便利だろう」ということで作ったものだったんです。必ずしも、要望に上がっていない機能が求められていないわけではないと思うので、その判断は大事なところだと思っています。
──とにかくユーザーの使いやすさを第一に考えていらっしゃるんですね。
H: 弊社の場合、書籍を出して収入を得ているのではなく、広告収入になるので、サイトを見てもらえないと、使ってもらえないと意味が無いんです。使いにくさは、サイトを見るにあたって最大のハードルになる。だから、今後もそういったところを徹底的に排していきます。

Q.「シュッとしてる」ものって何だと思いますか?
H: 概念的に言えば「カッコいいもの」ですけど…。
──悩ませてしまってすみません。
H: 何を求められているんだろう、関西的にオチを狙った方がいいのかと思っていました(笑) 何だろう、「無駄が無いもの」かな。なぜか頭に白ブラウスが浮かびました。無駄が無い。シンプルイズベスト。
Q.自分の名前で缶詰を出すとしたら、中に何を詰めますか?
H: 自分の名前っていうのが一番難しいですよね。じゃあ、詰めておいて後で使う前提ですけど、徳を…。徳を詰めておいて、何かの時にパカッと開けて使います。名前があるのは、冷蔵庫の中身に名前を書いて入れておくのと同じで、他の人とものと区別するため、ということで。欲しいチケットをとる時とかに使います。
平井幸

株式会社ヒナプロジェクト取締役。京都府出身。同社が法人化する前からサイト運営に関わり始める。好きな漫画は『PEACE MAKER 鐵』(マッグガーデン刊)。
