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マグカンさんの作品:【第八十回】 漆作家 杜野菫さん

関西にいる「シュッとした」人たちから「シュッとした」お話を聞きたくて始めた、MAGKANインタビューコーナー!

第八十回は、

漆作家の杜野菫さん! 杜野さんの伝統工芸に対する熱い想いを伺いました。

「伝統工芸が好き」とはちょっと離れたところからのスタートだった

──杜野さんといえば、卒業制作の「雪中用漆具三式」がSNSですごい反響でしたね。


杜野(以下、M):
バズっていましたね。嬉しい…。こんなに反響があるとは思わなかったです。ポストしたときは「ちょっと注文きたら嬉しいな(小声)」というぐらいの気持ちだったんですけど(笑)

──漆塗りに興味を持ったきっかけを教えていただけますか?

M: 私にとって漆塗りは日常に当たり前にあるものでした。というのも、私は青森県出身で、幼い頃から祖母の家や実家に漆器や漆塗りの箸やお茶碗も普通にあったんです。

──では、大学で工芸を学ぶことは自然なことだったと。

M: いえ、漆塗りは身近にはあったんですが、工芸自体にそんなに興味を持っていませんでした。今でも工芸の歴史とか詳しくないですし。でも私の親が高校の教員で、ある日急に京都伝統工芸大学のパンフレットを持って帰ってきたんです。「この学校面白そうじゃない?」と。それで自分の中に選択肢の一つとして現れたって感じです。

──元々、ものづくりには興味があったんですか?

M: 中学生ぐらいの時から、絵を描き始めました。当時は起立性調節障害で体調が悪く、家庭の問題で精神的にもぐちゃぐちゃっとした時期で、不登校だったんですよ。それで家にいる時間が長く、目に入ったボールペンとA4の紙で「なんか面白いの描けないかな~」って絵を描くようになって。細密画というかボールペン画みたいなものなんですけど。

──現実逃避みたいな感じだったのでしょうか。

M:
はい、本当にそれしかないと思います。でも、それを周りがすごく褒めてくれて、「えへへ…」みたいな(笑) 調子に乗ってしまって(笑) とはいえ、このままアートの世界で生きていこうとは思っていなかったし、私が絵を描いても限られた層にしか届かないだろうなと思った一方で、工芸ならアートと違って「使えるものを作れる」っていうところで「工芸っていう選択肢もいいな~」って。

──「用の美」ってやつですね。

M: 工芸の根本的な話になってしまうんですが、「アートと工芸って何だろう?」みたいなことを大学の4年間ずっと考え続けてきたんです。アート作品って、実用性を持ったらその時点でアートじゃなくなる、「使うためのもの=デザインになる」っていう見方があると思っていて。それと比べて工芸はもともと産業だったものが、現代では「伝統工芸」として美術品的な扱いを受けるようになって今も続いている。そこがアートと工芸の違いだとも考えられると思っています。

──京都伝統工芸大学では、工芸に関する専攻・コースがたくさんありますが、その中で蒔絵を専攻されたのは何故でしょう?

M: 絵が描けるからっていうところと、漆塗りがいろんなものに応用が利くからです。昔から、漆は水と空気以外は塗れると言われていて、布もガラスも、もちろんプラスチックとかにも塗れます。なので、大学卒業後、もし漆の道を選ばなかったとしても、別の塗料分野で経験が生かせるのではと、そういう安易な気持ちというか…逃げ道も考えた結果です(笑) あと、乾漆という、布と漆を張り重ねて、ゼロから好きな形を作れる技法があって、その自由度の高さも面白いなと思って選びました。そういう感じで「伝統工芸が好き」とはちょっと離れたところからのスタートだったからこそ、こういうスノーボードのような作品を好きに作っているんだと思います。

 

工芸にリスペクトを持っているからこそ、もうちょっとラフでもいいんじゃないかな

──製作の過程で一番テンションが上がる瞬間はありますか?

M: テンションがあがる瞬間…。うーん…製作中はテンションが上がるっていうよりも「あああああああ! もういやだ―――ッ」って訳がわからなくなっていると思います(笑) だから製作過程ではなく、誰かに見せて「すごいね! いいね!」と言ってもらえる瞬間が一番テンションが上がるし、嬉しいですね。

──とある陶芸家の方が、いろんな土地の土を掘って、それぞれの土に合った作り方を実験・研究しているのですが、漆も「この地方の、この漆の木からとれる漆はすごく良い」というようなことはあるのでしょうか?

M: 漆は、漆の木を傷つけることで採取される樹液なんですが、流通している98%ぐらいは中国産の漆で、残りの2%ぐらいが国産、特に岩手県産だと言われていて、国産の漆は値段が全然違うんですよ。少なくとも倍以上の値段はするので、私も基本、中国産の漆を使っています。

──そんなに値段が違うんですか⁉

M:
そうなんです。昔は日本にも、もっと産地があったみたいですが、今は需要がなくなってきていますからね…。でも日本産と中国産、どちらが良い悪いとかではなく、性質がちょっとずつ違う感じです。個人的な感覚としては、産地よりも漆を精製する漆屋さんによる違いの方が大きいような気がします。採取された漆を均一化したり、調合したりする漆屋さんによって、「このお店は白の色の出方にこういう傾向があるな」とか「こういうオーダーをしたらこんな風になった」とか。

──陶芸とはまた違いますが、それもまた面白いですね。

──Xで、ご友人の方と「ゆる伝統工芸ラジオ」をやりたいとおっしゃってましたね。

M: やりたい~!

──特定の世代にこういう事を伝えたいとか、そういう想いがあるのでしょうか?

M: いえ、特にそういうものはないんですけど、友人とよく「工芸って何で売れないんだろうね?」とか「最近の金の値段、高すぎない? グラムあたり1万7千円だよ?」みたいな話をよくしていて、そういう話をしたいです(笑)

──そんなに金の値段って上がっているんですね…。

M:
この前大学の先生が昔の金の値段を換算してみたら、今の四十分の一ぐらいだったんじゃないかって言っていました。当時の金ぴかの作品ってすごいとは思うんですけど、じゃあ現代では作れないかと言われたらそんなことはなくて。だから「当時がすごいって言われると悔しいっすよね」「金の値段が高いだけですよね」って(笑)

──なるほど(笑)

M: 他にも最近、京都国立博物館でやっている展示を観に行ったんですけど、刀の鞘塗りに関するブースがあって、その中によく分からない技法を見つけたんです。「これはどういう技法なんだろう?」と思って、先生方に聞いてみたんですけど、分からないって言われてしまい…。「分かんない!? そんなことある!?」と思って、ネットとかで調べてみたんですが、全然出てこず…。「それなら京都国立博物館の学芸員さんに聞いたら分かるだろう!」と、その展示のキュレーション且つ、漆芸担当の方に「素人質問で恐縮ですが、これのこの技法が分からなくてですね…。分かりますか?」と直接質問したんですけど…分からないって言われてしまって‼

──そういうこともあるんですね…。

M: 「くっそう!」と思って、そのことをXでポストしたら、「刀剣博物館に聞いてみたら?」とアドバイスをもらったので、刀剣博物館にメールしてみたんです。そうしたら「うちに所有している、鶴の足の皮塗りと似ているのでは?」とのことで。

──鶴の足の皮⁉

M: …面白くないですか!?(笑) もう少し詳しく調べようと、最近いろいろ動いているんですけど、このインターネットが発達して、なんでもすぐに情報が出てくる時代に、誰もよく分からないっていうのも面白いし、鶴の足の皮塗りっていうのも、「ニワトリじゃダメだったのかな…」とか「そもそも本当に鶴の足の皮なのかな?」とか謎が多くて面白いんですよ。

──たしかに気になりますし、杜野さんの目の付けどころも流石ですね。

M: 展示会とか行くと、作り手側の目線で見るから、そういう変な見方をしてしまうというか…(笑) 木工を専攻している友達と木工・漆作家の方の作品を観に行ったときは、友達が「この曲線を出すの難しいだろうな。なんで曲線なんだろうね?」って言っていたんですが、私からすると「漆塗りで角を出すのってめっちゃめんどいからね…!」って。

──(笑)

M: 「木工は、木目を綺麗に出す為に必死でやってんのに、お前ら漆作家は布を張って、全部埋めて、木目を殺しにかかるよな…」「うるさい! 今日の作品観たでしょ? そんな木目が出てるやつなんて、すぐに朽ちちゃうんだからね! ふん!」みたいな話もしたり。議論するのが好きなんですよね。

──伝統工芸界に物申すとかそういうことではなくて、日常のそういった会話を、ゆるゆるとできたらってことですね(笑) 面白そうです。

M: 工芸にリスペクトを持っているからこそ、もうちょっとラフでもいいんじゃないかなって思っているところがあるんですよね。工芸って聞くと堅苦しいじゃないですか。私も、あんまり分かっていないですし(笑) だからそういう話をゆるゆるしたいんですけど、誰も私と話してくれない(笑)

──えっ(笑) 誰かつかまえて、ぜひ実現させましょう!

 

技術盛り盛りのオタクの作品を作りたい

──昔から興味を持ったことはとことん突き詰める性格だったんですか?

M: どうですかね…。でも基本的に気質がオタクなので、「中途半端ってダサいよね」と思っちゃうところはあるかもしれません。「一回始めたんだったら、やめんのもったいなくない? お金も時間もリソースも割いて技術を身につけたのに」って。あと、人と違うことをやって、ニヤニヤしながら手を組んで後ろの方で「まあ、あたしだってできるけどね」ってyやってしまう感じのダメなオタクなんですよ(笑) 漆塗りとかもそうじゃないですか、人口が少ないので、独壇場というか、ライバルとかそういう概念もないので。

──杜野さんはたくさん趣味をお持ちですもんね。

M: そうですね。でも飽き性なところもあるので、コスプレして、漆塗って、キャンプして、漆塗って、美術館に行って、漆塗って、絵描いて、漆塗って、スノーボードして、漆塗って、料理して、漆塗って、アニメを観て、また漆塗って…みたいなことを繰り返しているような気がします。

──コスプレのアカウントも拝見しましたが、いろんなコスプレされていますよね。

M: 最近はお仕事としてコスプレをする機会があって嬉しいです。イベントのMCをさせてもらったり、コミケとかで売り子をお願いされたり。

──コスプレはいつから始めたんですか?

M: 大学に入学するあたりからですかね。

──初めてコスプレしたキャラクターは誰だったんですか?

M:
巡音ルカっていうキャラクターです。ボーカロイドの、初音ミクの隣にいるピンクの人です。今もずっとやっているんですけど…オタクがバレちゃいますね…!

──漫画の出版社なので安心してオタクをさらけ出してください!(笑)

M: そっか!(笑) 私、本当は小っちゃい可愛い女の子が好きなんですよ。でも私は背が高くて真逆のお姉さん系なので、コスプレをするときは自分の好きなキャラというよりは、自分に似合うキャラクターをやっています。「私が生まれ変わったら幼女になるんだ…!」と言いながら(笑)

──では本当にコスプレしてみたいキャラクターは誰ですか…?

M:
『エロマンガ先生』(KADOKAWA刊)の和泉紗霧ちゃんです。すごく好きなんですけど、自分がやると解釈が合わないので…。すみません、キモくて…。そう、私根っからのオタクなんですよね…。でもこうやってコスプレとかやっていると、いろんな人と触れ合えるので、工芸作家として刺激になっています。

──最後に、今後の展望があれば教えてください。

M:
スケールの大きいことを言うと、工芸の存続のために、現代の価値観に合わせたものを作りながら、消費者と作り手の需要と供給を見極めて、繋げられたらと思います。そのためには工芸品のアピールの仕方を工夫したり、工芸ってかっこいいんだよって他の人に伝えていくことが大切なのかなと。自分の作りたいものでいえば、技術盛り盛りのオタクの作品を作りたいですね。豪華絢爛な初音ミクとか(笑)

──それは見たい!!!

M:
とにかく「かっけえ!」と思えるものを作りたいです。工芸とか芸術ってそういうものですよね。昔の美人画って、現代でいうとバニーガールの女の子だったり、アニメのポスターとかとあんまり変わらないと思いますし、風景画に描かれている人力車とかは、現代ではフェラーリみたいな高級車とかだと思うんです。みんな自分の「かっけえ!」と思えるものを作っていたと思うので、そのためにも、工芸だけに留まらずアンテナをいっぱい伸ばして、ちょっとは面白い人間になれたらいいなと思います。歳を取ったときに、近所のクソガキとかに「あのババア面白れぇ!」って言われるような人になりたいなって。

──それいいですね(笑) 応援しています!

 

Q.「シュッとしてるもの」って何だと思いますか?
M: シュッとしてる=かっこいいっていう意味だと思うんですけど、工芸をやっているお年寄りの職人さんたちはかっこいいと思いますね。私の大学でも、90歳ぐらいの先生とかもいらっしゃって、シュッとしています。一般的なお仕事って、60歳あたりで定年を迎えるけど、工芸の世界は10代とかから始めて、死ぬまで現役を全うされる方が多いので、「手に職の極まれり」だなって。
──身近に指標となる人がいるのはいいですね。
M: 学校では人間国宝の先生とかが普通に歩いていて、友達が「聞いて菫! 今日、人間国宝の先生に褒められたんだよね! これってウチが人間国宝ってこと!?」「そうだよ…お前が人間国宝だ…!」っていう話もよくしていて…これもゆる伝統工芸ラジオで話せたらな…(笑)
Q.自分の名前で缶詰を出すとしたら、中に何を詰めますか?
M: 私自身、ですかね…。自分自身を形容し難いので!(笑)

 


杜野菫

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青森県出身、京都在住。京都伝統工芸大学で蒔絵を専攻し、現在は漆作家として活動する、大注目のクリエイター。好きな漫画は『蟲師』(講談社刊)、『ゆるキャン』(芳文社刊)など。

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