関西にいる「シュッとした」人たちから「シュッとした」お話を聞きたくて始めた、MAGKANインタビューコーナー!
第七十回は、
ヨットで単独無寄港・無補給世界一周チャレンジを果たした木村啓嗣さん! 世界一周プロジェクトの全貌や、不安や恐怖心を飼いならすコツを、世界一周を果たした船内にてお話を伺いました!
「木村啓嗣」さんって?
ヨットを愛し、ヨットに愛された男。高校卒業後、一度は海上自衛隊へ入隊し潜水艦勤務に従事するが、一度きりの人生で本当にしたいことに悩んだ末、2019年に自衛隊を退官。2020年、株式会社浜田に入社。浜田社長とともにヨットでの世界一周プロジェクトを始動させ、2024年6月に単独無寄港・無補給世界一周チャレンジを見事達成。
海というフィールドで、風という自然要因に左右される特殊性
──単独無寄港・無補給世界一周チャレンジという偉業を達成された木村さんですが、小さい頃からヨットに親しまれていたんでしょうか?
木村(以下、K): いえ、ヨットとの出会いは高校生のときです。たまたま進学した高校にヨット部があって、初めてヨットに乗った感想は「速い……めっちゃ速いな! 風でこんなにスピード出んねや!」でした。そこから、球技などとは違い、海というフィールドで、風という自然要因に左右される特殊性に興味を持ち、どんどん惹きこまれていきました。月曜日以外は基本ずっと部活で、部活漬けの日々でしたね。
──しかし、高校卒業後は自衛隊に入隊し、一度はヨットから離れたんですよね。
K: はい。僕の家系、全体的におせっかいの人の集まりで、僕も昔から人のために行動することがすごく好きというか、気分がいいというか…。それで小さい頃からずっと「人の役に立てる、誰かに必要とされる仕事をしたい!」と思っていたんです。だから自衛隊員になろうと、元々は防衛大学校に進学する道も考えていました…。でも…ちょっとプチ事件がありまして…。
──じ、事件…?
K: 防衛大学受験の日、僕は傘を持っていたんですが、突然の大雨に降られ傘を持ってない人が続出したところ、電車の中で傘を盗まれてしまう事件が発生しまして。それがショックで、入試面接のときに「関東に来てみてどうでしたか?」と聞かれたときに、思わず「二度と来たくありません」「もし受かっても来ません!」 みたいなことを言っちゃって…。
──それは…尖っていますね(笑)
K: ですよね。そういうわけで、高校卒業後はそのまま自衛隊に入ることになりました(笑)
──自衛隊は2年で退官されたそうですが、当時を振り返ってみていかがですか?
K: 「ヨットで世界一周したい」という目標を伝えたときに、快く応援して送り出してくれたことに本当に感謝しています。僕は自衛隊の中でも海上自衛隊所属で潜水艦に乗っていたのですが、潜水艦乗りを一人育てるのに、時間もお金もすごくかかるんですよ。だから、すぐに辞められるとコスパが悪いですよね。それなのに「やりたいことがあるならやりなよ」と送り出してくれたことが非常に嬉しかったです。
──少し話が逸れますが、潜水艦乗りになるためには、やはり過酷な訓練や試験をパスしなければならないのでしょうか?
K: そうですね、いろいろありますが、特殊な試験というと例えば耐圧試験ですかね。耐圧検査は水深100メートルぐらいのところで圧力を受けて適正を測る試験で、かなりの圧力がかかります。ちなみに、圧力がかかると声がめちゃくちゃ高くなるんですよ! 男の人でもミニオンみたいな声になります。あと、「窒素酔い」といって、深い水深で圧力の高い窒素を吸うと、お酒に酔っぱらったような中毒症状が出て、ちょっとしたことがすごく面白く感じるんです。検査の前に「声がめちゃくちゃ高くなるし窒素酔いもする。だから些細なことで笑っちゃうかもしれないけど、これはあくまで検査だから笑わないように!」って言われるんですけど…。自分の声を聞いて絶対笑っちゃうんですよね。
──それは耐圧検査を受けた人にしか分からない、貴重なエピソードですね!
僕は基本的に人から「できない」と言われることをやるのが楽しい
──話を戻しまして、自衛隊時代に「ヨットで世界一周したい」という目標を持ったとのことですが、きっかけは何だったのでしょうか?
K: 潜水艦の修理場が神戸市和田岬沖にあるんですけど、修理は土日がお休みなんですよ。潜水艦の修理はかなり時間がかかって、土日に空き時間ができたんです。それで「久しぶりにヨットしようかな…」とヨットに乗ったら「やっぱりヨット楽しいな!」となりまして。修理も予定よりどんどん延びていき、その分、僕はヨットに触れる時間が延びて、ヨット愛が再燃してきて。最終的にはどうしようもなくなってしまって、「辞めます」「ヨットで世界一周します」という結論に至りました。
──そう決意したとき、現在の会社の社長である浜田さんがスポンサーになってくれたんですよね。先ほど、自衛隊員たちも快く送り出してくれたとおっしゃっていましたが、木村さんの夢に反対される方は全くいなかったのでしょうか?
K: 否定的な人はいましたよ、「できるかぁ、そんなもん」って。成功する見込みがないって言われていましたけど、成功しましたね(笑) だから僕は成功したあと、「いや~、あのとき成功する見込みがないって言ってくれてほんと頑張れましたよ~!」って言っちゃいましたね(笑)
──それは…!(笑) 木村さんは天邪鬼なんですかね?
K: 僕は基本的に人から「できない」と言われることをやるのが楽しいというか…。凄まじいほどに根拠のない自信があります。自分ならできると信じ込む力、それはもう圧倒的だと思います。
──なぜそこまで自信が持てるのでしょうか?
K: 誤解がないように言うと、理由がなく「できる」とは思っていないです。出だしは根拠のない自信だったとしても、そのためにしっかり計画を立てます。だからこそ、ダメだと思ったときには撤退も早いんですよ。今回のチャレンジも、実は2回目の挑戦なんです。初回のチャレンジでは、オートパイロットなどの故障によって、8日で引き返していますからね。
──自分の力は信じているけど、それを実行するための計画が大切で、支障が出た場合は計画を立て直すということですね。今回の世界一周プロジェクトのチームメンバーはヨットに関して初心者の方が多かったそうで。
K: はい、趣味でヨットに乗っていた社長以外の社内メンバーは、みんなヨットに乗ったことすらなかったですよ。だからヨットに乗せるところから始めたんですが、チームメンバーは社内外から集まった20人ぐらいですかね。広報、定時連絡係、気象情報班、メカニックスタッフなどで構成されています。定時連絡と言われるロールコールは、毎日9時と21時に「今の状況はこんな感じです。予報的に嵐の予報が入っているので、今のうちに寝ます」というようなことを報告していました。
──その通信はいつもここから?
K: はい。衛星通信を使って、携帯から送っていました。
──通信が不安定になったこともあったかと思うのですが、やはり不安ですよね。
K: 本当に、通信のための電気がなくなることがすごく怖かったですね。とにかく電気命だったんですよ、電気があれば増水機を使って、海水も水に変えられましたし。
──他に特別不安になる瞬間はありましたか?
K: やっぱり嵐の場合はかなり怖いですね。ただ、実際に嵐の中にいるときはそうでもないんですよ。「こういう状況になったらこうする」という対処の連続なので、怖いと思っている暇もないし、やることもいっぱいあるので、気は紛れているんです。だから荒天予想が入ったときが一番不安で、これから嵐に入る3日間、自分はしっかり準備できたのか、やり残したことはないか、ということを考える時間が怖かったです。
──そういった不安や恐怖はどうやって飼いならしていたんでしょうか?
K: 不安や恐怖は、危険な場所で生きていく上では非常に重要な感覚だと思っています。ただ、その感情に押しつぶされたり、自分が狂ってしまわないように、自分のマインド設定はしっかりしていかなくてはいけない。世界一周はそんな闘いの連続でしたが、不安や恐怖を感じることは自然なことなので、それを感じられたときこそ自分の正常さに気付けますし、気付いたことによって対策が打てますよね。そして対策を打ったらそれ以上は考えない。最後は根性論かもしれませんが、不安と恐怖を上手く利用しながらリスクを追い、怖いものに対応していこうと思っていました。
ピアノを習うまで俺は死ねなないな
──木村さんはヨット以外の趣味って何かありますか?
K: ピアノです! 全く弾けませんが(笑) 小さい頃から親に「習わしてくれ」とお願いしていたんですけど、それが叶わず、「俺は絶対にピアノを習うんだ」という強い気持ちで僕は世界一周から帰って来たんです! だから嵐に遭おうが何があろうが、「ピアノを習うまで俺は死ねなないな」と思いながら挑戦を続けていました(笑) 今はもう先生も見つけて、次も16日にレッスンが…。
──なぜピアノにそこまで愛情を持っているんでしょうか?
K: 僕は、言葉って擦り切れていくものだと思うんです。「頑張ります! 努力します! やります! 信じてください!」って言うことはすごく簡単で説得力がないというか…。例えば夫婦やカップルが、一番最初に「好きだ」と伝えた瞬間から、好きというものはどんどん擦り切れていく。けど、気持ちの確認は必要なので、「好きだよ」とか「愛してる」か言いますよね?
──は、はい…。
K: でも、ここで「あなたのためにピアノを頑張って練習したから聞いてくれ! いつもありがとう」と伝えることで…って、
いったい何を話してるんでしょうね僕は…。つまり、何が言いたいかっていうと、言葉以上の力を音楽は持ってると思うんですよ(笑)
──なるほど(笑) 記者会見のときに、持って行って良かったものはヘッドホンだと言っていましたよね。
K: そうそう、ヘッドホンは本当に持っていって正解でした。ノイズキャンセリング機能使ったら、雑音が聞こえなくなるので、航海計器の異常を伝えるアラームが聞こえなくなる恐れはありましたけど(笑)
──主にどんな音楽を聴いていたんですか?
K: クラシックやオペラを聴くことが多かったですね。でも、オペラ聴くのは止めたんです。オペラ好きって、アニメのキャラとかだとヤバい奴に多いじゃないですか…。伝わります?
──(笑) わかりますよ、クレイジーなキャラに多いイメージはあります。
K: なので、それを指摘されてからはオペラは聴かないようになりました(笑) まあでも、歌詞があるより歌詞のない音楽の方が良い意味で時間の流れを感じにくいのでリラックスできたんですよね。
人生を楽しく生きる「ヒントの共有」をしていきたい
──木村さんの今後のライフプランについて、何か思い描いていることがあれば教えてください。
K: 僕は今回のチャレンジを通して、できる限り多くの人に人生を楽しく生きる「ヒントの共有」をしていきたいです。「俺はこんなすごい挑戦を成し遂げたんだ!」っていう話をしに行きたいわけではなくて、特に子どもや学生に向けて「どうせ生まれてきたんだからやりたいことをやろう、やればできるんだよ! だから自分がやりたいことをよく考えよう」ということを伝えたい。世の中って意外と失敗しない方法はいっぱい転がっていると思うんですけど、成功体験ってあんまり転がっていないし、成功談に全ての人に当てはまるとは限らない。だからこそ、「ヒントの共有」って言葉を僕は使うんですけど、子どもたちへの未来の投資として、挑戦していく大切さを伝える活動をしていきたいです。実は僕自身も、次にやりたいチャレンジが思い浮かんでいて…。
──そのチャレンジとは…⁉
K: 太陽電池や太陽光パネルを動力に動く、飛行機での世界一周!
──えっ、ヨットではなく⁉
K: はい、今はあえてヨットから離れたいと思っています。ジャンルに囚われずに、やりたいことをやるんだというメッセージを伝えるためにはヨットから離れるべきだと思うんですよ。
──となると、木村さんの肩書きは今後どうなっていくんですかね。…冒険家?
K: 冒険家っていうほど、僕は冒険していないですからね…。僕自身はそんなに危険を顧みてないというか、危険な挑戦はしてないんですよ。すごく安全な旅をしてきたつもりなんです。って言うと「いや、木村はめちゃくちゃすごいことをした!」って皆さんおっしゃると思うんですけど(笑) でも本当に、例えば僕が日本の総理大臣になって、「税金滞納者は全員世界一周に行ってもらいます」という政策を打ち出したとしたら、8割ぐらいは成功すると思いますよ。
──ええ、そうですかね…⁉
K: 絶対そう!(笑) だから、今回の世界一周はチームメンバーの何重にもバックアップされた状態で行ったことなので、そう考えると「冒険」ではないんですよ。僕が世界一周を志したきっかけでもある、海洋冒険家の白石康次郎さんの挑戦は、僕より遥かに劣る設備や環境での挑戦だったので、まさに冒険家だと思うんですが…。
──なるほど…。
K: 今回の世界一周で、僕は写真や動画を大量に撮ってきているんですが、それが今回の挑戦の一番の価値のような気もしていて。
──すごく綺麗な写真ですね…! ということは「写真家」が近いのでしょうか?…
K: 今のところそんなに写真が上手いわけではないけど、冒険写真家? そんな感じかもしれません。俺のポリシー的には冒険じゃないんだけど、まあ冒険みたいなことをして、写真を撮っているっていう人。そんな感じですかね? 今回の写真や映像がたくさんあるので、皆さんにお届けできるような機会が作れたらと思います。
──今後の木村さんの挑戦も楽しみにしています!
Q.「シュッとしてるもの」って何だと思いますか?
K: 船です。もっとシュッとしているものがいいですかね…? あ、世界一周したら13㎏ぐらい痩せるんで、シュッとしますよ!
──そんなに…。過酷を表わしていますね…。
K: 24時間中20時間は座っているか、寝ているか…上で何か作業したりしているかなので、基本的に全然動かないんですよね。ちなみに船はマックス40度くらい傾くんですよ。
──うわ、そんなに傾くんですか…⁉
K: だから僕は僕だいたいここでこういう体勢で、仮眠したり漫画読んだり、映画観ながらご飯食べたりしていました。
Q.自分の名前で缶詰を出すとしたら、中に何を詰めますか?
K: …ベタな内容でいけば、カレーの缶詰。やっぱり世界一周中は食べ物にすごく救われて生きてきたので! ちなみに無理やり思いついたのが豚の生姜焼きなんですけど、生姜焼きってやっぱビタミン類が多いので、夏バテ対策にもなるし、体力もつくし、カロリーも高くて最適なんですよね。だから僕が世界一周中に、「うわぁ!これ持ってきたら良かった~!」って思ったのが実は生姜焼きでした。
木村啓嗣
1999年、大分県出身。高校生のときにヨットの楽しさを知り、海洋冒険家の白石康次郎さんの影響で世界一周への夢を持つ。その後、海上自衛隊などの経験を経て、2024年6月に見事世界一周を達成。好きな漫画は『外見至上主義』、『女神降臨』(ともにLINE WEBTOON刊)