新連載! 漫画『妖怪めし』と連動して、妖怪文化研究家 木下昌美さんの妖怪コラムをお届けします。また作中に登場するレシピをもとに、実際にご飯を作ってみました!
第一回は、「ヒダル神」。
さて、一体どんな妖怪なのか…?
「ヒダル神」はダリ、ダリボトケ、ダニ、ダル、ダラシ、ヒダルボウ、フダル神などの呼ばれ方もされますが、総じて人に空腹をもたらす憑きもののことを指します。山中や峠で出くわすことが多く、中には動けなくなってしまう人もいます。
ただでさえ危険が伴う山中で動けないだなんて、死に直結しそうで恐ろしいですね。その昔行き倒れた人や飢えて死んだ人が、亡霊になったのだという話もあります。令和の今でも山歩きから帰って来た人が「ダルに憑かれた」と言っているのを、私は聞いたことがあります。
できる限り避けたい存在ですが、仮にヒダル神に憑かれたとしても対策を講じることはできます。
具体的にどのようにするかというと、少しでも食べ物を口に入れる、または食べものを一口口に入れて飲み込まずに吐き出し、二口目から飲む……などです。もしくは手のひらに米という字を書いてなめると良いと言います。そのほか、その場を離れると急に元気になるケースもあるようです。
山などに出かける際は弁当を持参し、その弁当をすべて食べ干すのではなく、少しだけ残しておくようにしましょう。
ヒダル神の話が聞かれる地域は関西、四国、九州と主に西日本に集中しているようで東日本ではほぼ見られないといわれます。
例えば、奈良県の東吉野村という村にもヒダル神の話が伝わっていますが、こちらは少しほかの地域のものとは異なる様相を呈(てい)します。ヒダル神がヒダル「地蔵」として祀られているのです。
東吉野村鷲家から宇陀市菟田野へと通じる国道沿いにヒダル地蔵の祠があります。祠の脇には「ひだる地蔵さん」と彫られた、目新しい石碑が建っています。こちらの地蔵は、ヒダル神に憑かれることを避けるためにと、祀られたそうです。
近づくと奇麗に整えられた祠と磨かれた地蔵とで、地域の方々によって手入れがなされていることがわかります。しかしながら十数年前までは、旧街道沿いで半分土に埋もれておりぞんざいに扱われていたそうです。旧街道の閉鎖に伴い、現在の場所に移されたとのこと。以来、現在の形におさまっています。
ここ最近では地蔵の脇を走る国道での交通事故が減ったといい、交通安全の神様としても親しまれているそうです。当初のヒダル神像からは、次第に形が変わっていることがわかりますね。じわじわと伝承などが変化するところも、バケモノらしいと言えばらしいかもしれません。
【参考文献】
・『東吉野の民話』 東吉野村教育委員会/1992
・柳田國男『妖怪談義』講談社学術文庫/1977
・保仙純剛『日本の民俗 奈良』第一法規/1972
・国際日本文化研究センター 怪異・妖怪伝承データベース
https://www.nichibun.ac.jp/YoukaiDB/
「山と川の幸たっぷり ヒダル弁当」レシピ動画
【品書き】
★いもぼたおにぎり
★鮎味噌
★山菜の煮物
★椎茸の奈良和え
◎材料(2人分)
・米:2合
・ジャガイモ:2個~3個
・鮎:2~3匹
・味噌:大さじ3~4
・白ネギ:1~2本
・山菜:好きなだけ
・シイタケ:2~2個半
・ニンジン:2分の1本
・奈良漬け:2切れ
・だし汁:2~3カップ分用意しておくと安心
・しょう油:大さじ3~4
・酒:大さじ1~2
・みりん:大さじ1~2
・砂糖:大さじ1~2
・塩:少々
・油:適量
〈いもぼた〉 ※奈良県天川村の郷土料理
①米を研いで釜にセットし軽く塩を振る。皮をむいたジャガイモを何等分かにして乗せる。
②炊きあがったところで、しゃもじなどを使い①を荒く潰す。
③三角に握って鮎味噌を乗せ、軽く油をしいたフライパンで焼く。
〈鮎味噌〉 ※鮎はヒダルの話がある奈良県のとある地域でよく獲れる魚
①鮎に塩を少々振って焼く。
②白ネギをみじん切りにする。
③①をフォークなどほぐし骨を取り除くなどして、細かくする。
④②と③と味噌と砂糖、みりんを混ぜて完成。【味噌2~3:砂糖1:みりん1くらいを心がける】
〈山菜の煮物〉
①ゼンマイ、ワラビなど軽く水洗いをして、食べやすい大きさに切る。
②だし汁に①としょう油、酒、みりん(もしくは砂糖)を煮立たせる。【だし汁お玉1~1半:しょう油2~3:酒1:みりん1】
〈シイタケの奈良和え〉
①ニンジンを細切りにする。
②フライパンに軽く油をしいてニンジン、シイタケを炒める。
③だし汁、しょう油、砂糖を入れて煮立たせる。【だし汁お玉1:しょう油2:砂糖2】
④火を止め仕上げに細かく切った奈良漬けを加えて完成。
「ヒダル弁当」完成!
文・レシピ:木下昌美
木下昌美
【 Twitter 】【 Instagram 】【 ブログ 】
妖怪文化研究家。奈良女子大学大学院卒業後、奈良日日新聞社に記者として入社。その後、フリーの身となる。妖怪に関する執筆だけでなく、講演や妖怪ツアー等も行っている。