• お知らせ 2023.1.1

シュッとした噺【第五十一回】大阪公立大学 理学研究科地球学専攻 教授 廣野哲朗さん

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関西にいる「シュッとした」人たちから「シュッとした」お話を聞きたくて始めた、MAGKANインタビューコーナー!

新年あけましておめでとうございます!

第五十一回は、

大阪公立大学 理学研究科地球学専攻 教授 廣野哲朗さん! 廣野教授の研究内容や、地震学者からみた現在の日本の災害対策に関してお話をうかがいました!

「地震の謎に震源の物質から迫る」

──まず、廣野教授の研究内容を教えて下さい。

廣野さん(以下、H):地震の発生源にある物質を調べ、地震が起きたときにプレート境界断層がどれだけ滑るかを評価する研究を進めています。地震研究と言うと地震予知に結びがちですが、予知するためにはどういった物質がどんな現象を引き起こし、地震という目に見える大きな現象になるのかを理解しなければなりません。なので、「地震の謎に震源の物質から迫る」を最大のキーワードとして研究をしています。

──震源にある物質はどのように採取し、調べるのでしょうか?

H:前例としては、2011年の東日本大震災で巨大津波を引き起こした海溝プレート境界の断層の物質は地球深部探査船「ちきゅう」という、海底約7000mの海底を掘り進んで断層の採取を行う科学調査船で掘削しました。

──海底7000m! そんな深いところの物質を掘削することが可能なんですね。

H:「ちきゅう」は地球の環境変動や、地球内部構造などの解明を目指して進められている多国間プロジェクトIODP(統合国際深海掘削計画)の主力船で、世界各地のプレート境界付近において海底掘削の持続的な活動を行っています。そこで得られた地質サンプルから数値シミュレーションを行い、断層の滑りやすさを求めます。実際のサンプルがあるのでご覧になりますか?

──ぜひお願いします!

H:左が実際の東日本大震災を引き起こした日本海溝の断層の試料を粉にしたもので、右は1944年に東南海地震を引き起こした南海トラフの試料です。

──色が全然違いますね…。

H:良い着眼点ですね! これは水分保有量の違いで、色が濃い日本海溝の方が粘土質、南海トラフの方は白っぽい砂質となっています。東日本大震災は東北沖の太平洋プレートが大陸プレート沈み、そのひずみに耐えられなくなったときに地下の深い部分でプレートが滑り、浅い海溝付近でも50mほど滑りました。本来、ひずみのエネルギーをためないはずの浅い部分でも滑りが起きたことが特徴的でしたね。その結果、あの巨大津波が発生しました。では、なぜ滑ったのかと言うと、物質を調べていくうちに地震発生時の断層の温度変化が関わっていることが分かりました。巨大地震が発生するとプレート境界では摩擦により、岩石が溶ける程の熱が生じます。そうすると水分を含む粘土質は熱で温められることで水が膨張し、摩擦が小さくなったことによってプレート境界の浅い部分も浮き上がって、断層の滑りが発生したのです。

──では、砂質の南海トラフの場合は…。

H:砂質の断層では粘土質よりも摩擦が大きくなりますから温度が上がりやすく、断層の中の水が温められて圧力が上昇し、大規模な滑りが発生しやすい状態になります。ただ、他の条件も重なることで、日本海溝よりは滑らないと予想されますが、将来的に海溝付近は30m~50mは滑るという結果が出ました。

──なるほど…。震源地の物質から断層のすべり量を推定する方法は世界で初めて成功されたユニークな研究であるそうですが、なぜ物質から地震を紐解いていこうと考えられたのでしょうか?

H:地震研究というのは地震波の計測や過去の経験則から迫る研究が中心ですが、科学の本質は「実際のものを見る」ということだと思います。実際のものが分からないのに、遠隔で得られた地震波や地殻変動を推測するっていうのは結局のところ永遠とゴールに辿り着かないのではと感じるんです。なので、科学の本質である実際のものを見て、自分の手で調べて、そこから予測につなげることが大事じゃないかなと思っています。

内陸型地震の地震研究が進む前に都市が形成され終わってしまった

──地震学の研究者からみて今の日本の災害対策についてはどのように感じていますか?

H:日本では海溝型地震と内陸型地震に分けられますが、海溝型地震の場合は100年ごとに地震が起きていることが分かっているので、南海トラフ地震が2050年の前後10年以内に起こることは研究者だけでなく、皆さんもご理解いただいているかと思います。そして、内閣府の下にある中央防災会議内では既に最大限の滑りが海溝近くで起きたときに、どれくらいの津波が起きるのか公表されていますので、それをベースに各自治体で避難経路の確認等も定期的に行われていると思います。なので大陸沿岸地域の防災は進みつつあると感じていますね。

──では、内陸型地震はいかがでしょう?

H:阪神淡路大震災を始め、内陸の活断層の予測は極めて難しいです。だからこそ法整備が大事で、有名な例としてはアメリカの西海岸に沿うように走るサンアンドレス断層に対するカリフォルニア州法ですね。

──どんな法律なのでしょうか?

H:不動産を売買する際に「ここに断層があります」ということを告知する義務を定めたものです。サンアンドレス断層は100年から150年周期で定期的に動いていますので、地震が起こるたびに調査が行われています。

──活断層が多い日本では、同じような法律はないのでしょうか?

H:この大阪をはじめ東京も整備できてないのが現状です。しかし、実は日本でも一例だけ徳島県で「南海トラフ巨大地震等にかかる震災に通ずる社会作り条例」という条例が整備されています。カリフォルニア州法よりも法の範囲は狭いですが、活断層の上に公共の建物を建てるときは調査を義務付けて、活断層が建物の下を通っていることが分かれば建物をずらさないといけないと設定されています。

──なぜ徳島県のみで、全国的には整備されていないのでしょうか?

H:それは内陸型地震の地震研究が進む前に都市が形成され終わってしまったからです。大阪では天王寺動物園のあたりに上町断層がありますが、その延長にはたくさん住宅が建築されていますので、今から活断層法を整備することは極めて難しいですね。東京には立川断層、京都にも花折断層という京大から銀閣寺のすぐ近くを通り、大原街道に沿って日本海まで続いていますが、そのように街中を通る断層は日本各地にあります。そのため、今すぐ変えていくことは難しいですが、もし次の段階で建物を更新するときは、徳島県のように調査を義務付ける法整備は必要だと思います。

──では、私たちが今できることは一体なんでしょうか?

H:差し障りのないことになってしまいますが、揺れたときの家具の固定は命を守る上でやはり大事ですね。ただ固定というと、最近はつっぱり棒なども売られていますが、あれは大きな地震には耐えられません。遊園地にフリーフォール型の垂直に急降下するアトラクションがありますよね。地震が発生すると、あのアトラクションと同じぐらいの重力加速度が横にかかりますから、人が横に吹っ飛ぶぐらいの中で家具が倒れないようにするというのは相当頑丈に固定しておかなければなりません。固定が大事とよくメディアでも取り上げられますけど、「固定方法」がすごく大事なんです。ただ壁に固定するのではなく、壁に隠れている柱を探し出して固定するようにして下さい。あと、寝るときはタンスや本棚が倒れてくるような場所で寝ないことやライフラインが止まったときのために水や食料、エネルギーを備蓄しておくことも大切です。連絡手段が途切れてしまったときの家族との連絡方法も家族内で共有しておくと安心ですし、事前にできることは数え切れませんが、これらが命を守る基本になると思います。

──改めて見直していかないといけませんね。

浜松市に産まれてなかったら地震研究の道には進んでいなかったかも

──廣野教授が地震研究を志されたきっかけは何だったのでしょうか?

H:私は静岡の浜松市で産まれまして、小さい頃から「いつか東海地震が起こるぞ」と言われて育ちました。毎年9月1日は学校で防災訓練が行われていましたし、自然と地震に対する危機感や恐怖を抱いていましたね。だから本当にそういった地震というものが起こるのだろうか、そもそもどういう原因で起こるのかということを子どもの頃から考えていましたので、いつか自分の手で明らかにしたいと思っていました。 だから浜松市に産まれてなかったら地震研究の道には進んでいなかったかもしれないですね(笑)

──そうなんですね。そういえば、東海地震っていう言葉は最近聞かなくなりましたね。

H:東海地震については今やもう、単独で起こることはないという結論が出ていますからね。

──あ、そうだったんですね! いつからか南海トラフというワードが目立つようになったと思っていましたが…。

H:当時の科学では、過去の地震で熊野沖の東南海と四国沖の南海が揺れ、駿河湾沖の東海地域だけが動かなかったことから、地震のエネルギーが解放されないまま蓄積されている「空白域」と呼ばれていたんです。それで、「次は空白域で地震が起きる!」といった学説が流行り、30年間ぐらい東海地震への対策が取られてきたんですけど、今の科学では東海地震が単独で起きたことはこれまでの歴史で一度もなく、東海地震が起こる駿河湾は、実は伊豆半島が本州にぶつかっていることによって、ひずみの溜まり方が少し違うと考えられています。伊豆半島の南側に銭洲海嶺というのがあり、そこでプレートが断裂し始めているということが分かってきていまして、駿河湾だけが、他の熊野沖と四国沖と比べてひずみがたまる程度が低いんじゃないかと考えられています。なので、東海地域だけ動かないというのは普通のことであり、「東海地震単独説」はもう完全に取り下げられ、今は東海、東南海、南海の三連動に対する対策が求められています。

──日々、地震研究が進歩している証拠ですね。

H:そうですね。進歩というと、今は気象庁や海洋研究開発機構を中心に、日本海溝と南海トラフ沿いに海底ケーブルを設置して常時データを観測していますし、長いタイムスケールで見ると、阪神淡路大震災を機に建築基準が大きく変わりましたよね。東日本大震災のあとは高台の整備など、行政サイドの改善が進みつつありますし、これまでの震災を教訓に、より安全な社会になってきているとは思います。

真実に向かって自分の手で勉強して解きほぐしていく

──現在、大阪公立大学にて学生さんに指導されていますが、学生に対して何か思うことはありますか?

H:地震研究者として思うことは、2011年の東日本大震災から11年が経ちますので、実際に学生たちが地震を経験したとしても7歳の時になります。「天災は忘れたころにやってくる」というように、やはり時間が経つと記憶は薄れていってしまうんですよね。地震発生直後は地震研究をしたいという学生さんがたくさんいましたが、今はだんだん少なくなってきてしまっています。

──そうなんですか…。記憶が色褪せてしまうことは仕方がないことかもしれませんが、どうやって震災の記憶を下の世代に繋いでいくか、今一度考えていかなければなりませんね。

H:はい。あと、都市部に住んでいると自然と接することなく暮らしていけるので、最近の学生さんは自然に対する敏感力が非常に弱いと思います。なので、座学だけではなく、できるだけフィールドに出て、実際に見ながら学ぶフィールドワークの機会を与えられるよう心がけています。

──まさに科学の本質ですね。

H:また、真実に向かって自分の手で勉強して解きほぐしていく、自主的な勉強の仕方を学んでほしいと思っています。現在問題になっている気候変動はCO2が原因だと考えられていますが、もしかしたらその常識は未来では変わっているかもしれません。私は子どもの頃から「東海地震が起きる」と言われていましたが、今では間違いだったことが分かりましたからね(笑) 忘れがちですけど、自然の驚異を今一度学び直して、常に疑いの目を持ちながら自主性をもって取り組んでほしいと思います。

Q.「シュッとしてるもの」って何だと思いますか?

H:自然の驚異を超えた自然の素晴らしさですかね。やはり我々も自然の中の一部ですし、災害も含めてなぜ存在しているのか…本当に不思議ですよね。

Q.自分の名前で缶詰を出すとしたら、中に何を詰めますか?

H:防災グッズだと面白くないですからね…。未来に繋がるような現在の知の設計図を入れたいですね。それを捨てるか使うかは未来に託すという…。好きな漫画である『風の谷のナウシカ』や『進撃の巨人』に影響されていますね(笑)

廣野哲朗

Twitter

静岡県浜松市出身。2022年4月より大阪公立大学に教授として着任。海溝付近の断層すべり量を評価するメソッドを開発し、南海トラフ地震での断層の滑りやすさを推定する研究で、国際的評価を得る。趣味はバイクとゲームで、好きな漫画は『風の谷のナウシカ』(徳間書店刊)、『進撃の巨人』(講談社刊)など。

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